依遅ヶ尾山&丹後半島の旅 
2004.09.18-20

山と観光を兼ねて丹後半島に行ってきました。最近は山がおまけになっている・・・

     

朝 飯
昼 飯
晩 飯
9月18日
神戸-宮津IC-依遅ヶ尾山-伊根町-筒川文化センタ
自 宅にて
おにぎり
チョコスナックパン
ミートスパゲティ
レタスサラダ
9月19日
筒川文化センタ-伊根町-峰山-天橋立-丹後由良荘
パン
ソーセージ
スパサラ
おにぎり
カレーうどん(峰山駅)
刺身、穴子てんぷら、土瓶蒸し、などなど豪華料理(^^)
天橋立ホテルにて
9月20日
丹後由良荘-天橋立-宮津IC-神戸
みりん干、のり
卵焼き
ごはん、味噌汁
ダブル親子丼
(対橋楼にて)
自 宅
    

【たび日記】

8月のある日のこと。母から一本の電話。聞けば丹後地方で開催される短歌のイベントに参加するので、旅行に行くとのこと。神戸からは日本海側は1時間30分でいけるので、家族で応援に行くことに急遽決定。早速激安の宿を本を見て探して予約。できれば山も登りたいのでいくつか候補を絞ってあとは当日の天気と体調と時間で考えようと漠然と考えていた。

8月18日

天気予報はやはり雨。しかもずっと連休中は雨。本日のみが午前中が曇りとなっている。とりあえず行ってみるか、あかんかったらどっかの資料館か博物館でも行こうと話をして神戸を出発した。舞鶴道はあいかわらず快適だが、一台覆面パトをみかけた。おっと危ない危ない。
なんとか天気も持ちそうなかんじなので、予定どおり、丹後半島にある依遅ヶ尾山(いちがおやま)に登ることにする。国道から右折するのは清水とガイドに書いてあるが、そんな標識はない。おそらくここだろうと曲がってみて直進するがどこにも看板はない。どーもこれは違うと思い、またもときた道を戻って山をみながら進むが、これまたどーもちがう。あれえ、困ったなあ。どうしても分からないので、一番最初にココだ!と思った角にあるJAのガソリンスタンドで道を聞いてみた。やはり最初の道が正しかったことがわかる。がーん!。しかしその道には何も目印がなかったので、聞くと「赤いトタンの小屋を目指していきなさい」といわれる。右折してからまっすぐ進み、言われたとおり、細い橋の手前で左折してトタンの小屋を目指して進むと「依遅ヶ尾→」の看板があった。こりゃわからんわー。ここから峠までの道は意外や快適。しかし車はすくない。駐車場につくと車は一台も無かった(笑)誰もこんな日にこないのかなあ。
依遅ヶ尾の駐車場に車を停めて急いで準備をする。雨がいまにも降ってきそうでやや焦り気味。12時15分に出発した。すこし歩調を速めて歩くが、思ったより進まない。あ!そうだった。子供背負ってたんだ。
「すぐそこ」という看板が木にかかってるが、だまされないぞ!ここからは急な斜面の登りになる。草が伸び放題のため下がよく見えず斜面も一部崩れていた。この奥には台風で落ちたナシが大量に捨ててあった。臭かった。登山道に捨てるなよぉ〜 こんなかんじの道をがしがし歩いていきます。このあとジグザクの急登りがある。汗が吹き出るー、ふぅふぅ〜、あー、腹減った!

最後はナウシカ嬢に交代してもらう。今回は先輩に借りた背負子が大活躍。

大きな木がたくさん鎮座していました。ちょっとだけもののけ姫気分。


「もうちょっと」って一体どれくらいなの?とつっこみたくなる。それでいて途中の看板にはあと○○メートルとか具体的に書いてあるし・・・スピードおとせ!という看板もあった。 12時50分、無事山頂に到着。風が強かったが、予想より景色もよく、サイコー!来てよかった。 さっそく昼飯。おにぎりとチョコチップスナックとお茶でパワー回復。
兵庫県の香住の方面を望む。雲でややかすんでいたが、遠くまで見えた。 新管理人もおにぎりをほおばる。1個たべちゃった。 おいらはチョコチップパンを3個食べた。新管理人に1個取られた(笑)
伊根町方面を望む。ここの景色は本当にいい!昔は山城だったのかな。 さあ、下山です。どっこいしょっと。新管理人はご機嫌 彼岸花がたくさん咲いていました。もうそんな季節なんだなあと実感。
駐車場に向かって緑濃い山をあとにする。540メートルしかないが、海からせり出している山なので、のぼり応えが意外とあったこのあたりからポツリポツリと雨が降ってきた。 あ、車が1台。ワシのだ。結局誰でも会わない静かな山旅だったちなみに駐車場に水は出ていたが飲めるかどうかは不明。 国道から見る依遅ヶ尾山。綺麗な形の特徴ある山容である。今日の宿泊は山奥なのではやめに移動する途中に浦島太郎伝説の浦島神社があるが今回はパス。この付近の海は本当に美しい。竜宮城があってもおかしくないと本当におもってしまうほどの美しさである。
今日のお宿は旧筒川村小学校、現筒川文化センターである。7年前に廃校となり、現在は宿泊施設。内部は学校そのもの。宿泊料金は1泊2000円なり。 炊事場に行くと昔懐かしい食器がたくさんおいてあった。あらら先割スプーンだ!一個パクろうかとおもったけどやめた 晩御飯はもちろん自炊。今日の宿泊客はライダー1名、ワシら、釣り家族2組の合計8名。夏は満員になるらしいがいまは閑散期とのこと。晩はスパゲティーを作りました(嫁)


8月19日

あれ?外が明るいぞ。カーテンをバッとあけると快晴だった(笑)おい、気象庁そりゃねーだろ(笑)
いちおう部屋の形はしているが壁紙があちこちではがれてきている。これがまたいいかんじなのだ。ここ一箇所だけでなくあちこちべろんべろん。 久々に見た100円で2時間動くクーラー。夜は意外と扱ったのでお世話になってしまった。 ほら、一見普通の部屋のようでしょう?これもとは教室でっせ。部屋名は木の名前がついていたが、いっそのこと3年C組とかでもよかったのに。


奥の家は既に廃屋。宿直のおっさんと一緒に昨晩風呂にいっしょに入ったときに聞いたが、ここ数年で急に道路が綺麗になったとか。田んぼや畑は3年手入れしないと駄目になるというてた。海も近いし、田んぼも畑もあるので極楽とんぼになりたきゃすぐなれるぞーと言われた(笑) 体育館もそのまま残っていた。いまは有料で開放しており、大学の応援団などが合宿で利用したり、地区のスポーツ大会をココで開催するらしい。 民俗資料館とかいてあったので覗いてみたが、かっての農機具を中心に「置いて」あるだけ。もったいなあ。もすこし気合いれないと。なによりも日が思いっきり当たっている。こりゃすぐに痛むぞー。ナウシカ嬢がぼそっと「この当時の機械ってほとんどリサイクル可能やね」、よくみるとほとんど木製。

廃校になったとはいえ、鉄筋の立派な建物なのだ。廊下もそのまま 残っている。朝食を食堂で作ったあと、伊根町の海岸へ車を走らせる。 海のほうまで張り出した棚田。緑と青のコントラストが大変美しかった。いまはもう収穫をして田は綺麗な状態であった。 このあたりは断崖絶壁が多く三陸のような風景が続く。きっとアクセスがもっとしやすかったら名所になっていたに違いない。途中には丹後松島という場所もある。
道の駅から伊根湾を望む。船屋がずらりと並んでいるのが見える。船のガレージがそのまま湾に面している独特の建物。丹後の名所のひとつであり、観光客も意外と多かった。道の駅からの景色が一番サイコー。 ここは93年当時NHKで放映された「ええにょぼ」の舞台だったそうな。土産物屋には若い的場浩司や今井敬の写真があった。ヒロインは戸田菜穂。うーん、いまどこにいるんだろう。知らないなあ 尾昼前に峰山に移動。ここで両親と合流する予定だが、携帯を鳴らしても相変わらず出ない。近所の喫茶店を外から覗いて発見!無事合流できた。峰山駅前には喫茶店は2軒しかない。昼食後、イベント会場に移動。
賞状授与式をパチリ。この直前に新管理人がおもらしをしてしまいあたふた大変だったが、なんとか式に間に合った。ふう。講評を聞いたあとはすこし転寝してしまう。60過ぎて始めた趣味で賞までもらうなんてちょっと尊敬。 両親の泊まるホテルからは天橋立が目の前に見えるのだ。眺めのいい本当にいい部屋。さすが高級旅館。夕食だけいっしょに部屋で食べることが出来ると聞いていたが、仲居さんがお風呂もどーぞと言うてくれたのでお言葉に甘えてドボン♪ 新管理人は海が見えるこの部屋で窓に張り付いてずっと外を見て「うみうみ!」「山山!」と興奮してました。夕食もたのしみだあ。
さあさあ、夕食でございます。おお!これはまつたけの土瓶蒸しだ。新管理人が飲みたいというので試しに飲ましたら「もっと飲むー」とリクエスト。結局半分飲まれてしまった。2歳からグルメでは先が思いやられる。 こちらはすすきのごま焼きとサザエのつぼ焼き。このほかにはもの鳴門巻きや地物の梶木鮪、鯛、かんぱちの刺身など魚中心の料理を楽しみましたよん。はあ〜うんまい。 穴子のてんぷら。たれはわさびと山椒でした。最後はごはんと味噌汁とへしこを食べてデザートで口直しをして終了。あー、まったり。このままここで寝転びたかったが、気合を入れて国民宿舎まで移動。夜の海岸道路はちと怖かった。


9月20日

国民宿舎丹後由良荘の部屋は海が見える部屋。夜は寒くてクーラーも必要なし。朝6時に起き、静かな由良海岸を散歩することにした。車はリゾートマンションの前に止める。
静かな由良海岸。由良というのは波の静かなおだやかなという意味だそうだ。静かな海の砂浜がずっと続いている。 朝日がゆっくりと昇る。今日も雲が多い。朝からつりをしている人が何名かいた。由良といえば森鴎外の山椒太夫の舞台。安寿と厨子王の悲劇的な話はかってココが製塩業で栄えていたことを語る昔話でもある。あれ?どんな話だっけという方はこちら 由良ヶ岳の山頂は雲の中。当初はこの山に登ろうと思っていたが今回の日程と子連れでは困難のためパス。また今度来ることにしよう。
なんとイカが海岸にうちあげられていた。ぱっとみた感じは新鮮な感じがしたのだが、(笑) 由良神社。由良ヶ岳との組み合わせが絶妙。静かで赴きのある神社であった。この近くには山椒太夫の碑がある。 国民宿舎丹後由良荘。スパニッシュ調の外観。中は昔ながらの構造。部屋もやや狭いが、山屋にとっては快適そのもの。
国民宿舎の食堂は意外と豪華なかんじ。連休のため部屋は満室だったようだ。 シンプルな朝飯だが、食が進む。朝の散歩のおかげかな。ごはんのおかわりは頼めば持ってきてくれる。お味噌汁にはこの地方の名物のアサリが入っていた。 「人おして廻旋橋の開く時 黒くも動く天橋立」と与謝野晶子の歌にもうたわれたこの橋は、大正12年に造られ船が往来するたびに中央部分が回転して進路を譲る。電動化されたのは、昭和35年になってからでそれまでは、人力で動かしていたとのこと。
天橋立は意外とでかい。海岸であそぶ爺と新管理人。安芸の宮島、陸前の松島、そして丹後の天橋立日本三景と呼ばれる場所。 岩見重太郎のあだ討ちの碑。なんとあだ討ちをしたのが今日9月20日とのこと。剣豪岩見重太郎は父の仇である3人をこの地で討ち果たした。重太郎は大阪夏の陣で戦死したとのこと。 天橋立の松林の中をてくてく歩き結局対岸まで歩いてしまったので帰りは遊覧船に乗った。ほとんど貸切状態であった。
文殊堂。正式名を「天橋山・智恩寺」といい808年(大同3年)に創建され山形県「亀岡の文殊」、奈良県「桜井の文殊」と並び日本三文殊の一つとして広く親しまれている(らしい) お昼ごはんはいろいろ迷ったが対橋楼ですることに。お土産物通りから奥に入って静かな部屋と景色を楽しみながら食事が出来る。 ダブル親子丼を頼んでみた。なるほどそーいうことかあ。ここは宿泊も出来る。戦後の白黒写真が館内に掲示されているのでそれを見るのも楽しい。
今回は便乗旅行であったが山も登り、過疎の村にも投宿し、そして観光名所も巡りと盛りだくさんな旅であった。山だけ登るのではなく、周辺もしっかり楽しむ、そんな余裕のある旅を今後も続けたい。     
女性軍は豪華な海鮮丼を楽しむ。むはむは。おれにも少しくれー(笑) 食後にカフェオーレを頼むとなかなかいい器で出てきた。いいかんじだ。

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